伝統芸能・講談でよみがえった浅子~講談師・日向ひまわりさんに聞きました~

NHKの連続テレビ小説「あさが来た」の放送開始に先駆け、平成二七年九月より新作講談“広岡浅子「九転十起の女」”をスタートされた講談師の日向ひゅうがひまわりさんにお話をおうかがいしました。

日向ひまわりさん

広島県出身。平成六年一一月、二代目神田山陽に入門、講談師となる。

平成一三年、 五代目柳亭痴楽の門に入り、平成二〇年五月 真打昇進、「神田ひまわり」改め「日向ひまわり」となる(ひまsunのブログ)。

伝統芸能「講談」とは?

──本日はよろしくお願いします。まず最初に、講談と落語の違いは何ですか?

ひまわり:よく聞かれますが、簡単に言うと、「落語」は「登場人物の会話」が基本となっているのに対し、「講談」は「物語を読み聞かせるもの」です。また、単なる朗読ではなく、独特の語り調子と小道具で演出しながら読み進めます。

──どのような道具を使うのですか?

ひまわり:よく使われるのは、おうぎ釈台しゃくだいです。張り扇で釈台を「パンパン」と叩いて、テンポよく物語を進めます。ちなみにこの張り扇は自作なんですよ。

──落語とは成り立ちも違うのですか?

ひまわり:そうですね。落語は僧侶の辻説法などの影響を受けながら、オチのある話、庶民の娯楽として受け継がれてきたものです。

一方、講談は「太平記(※)」などの戦記を題材に、字を読める人が少なかった時代に歴史を講義するものだったそうです。その流れからか、落語は真打になると「師匠」、講談では「先生」と呼ばれるという違いもあります。

太平記……古典文学の一つで、鎌倉時代末期から南北朝時代中期までの約五〇年間におよぶ争乱を描いた軍記物語。日本の歴史文学の中では最長の作品とされる。なお、作者および制作時期は諸説がある。

──まさに伝統芸ですね。

ひまわり:やがてそれが特定の小屋で上演されるようになり、「講釈」と呼ばれるようになりました。その後、いくつかの流派も生まれ、講釈の人気演目が歌舞伎や人形浄瑠璃の演目になることもあったようです。

──『小説 土佐堀川』が演劇(※)やドラマになったのと同じですね。

ひまわり:この講釈が明治時代になって「講談」と呼ばれるようになりました。テレビドラマの「水戸黄門」も、江戸時代の「水戸黄門漫遊記」という講談が原案と言われています。その他、大岡越前・国定忠治・清水次郎長など、映画やテレビのヒーロー達の大活躍も、実は講談がルーツだったりするんですよ。

舞台「土佐堀川」……平成二年二月から一ヵ月間、東京宝塚劇場で上演。

[主演]八千草薫(広岡浅子役)、伊東四朗(広岡信五郎役)

──「実際の黄門さまは旅などしていなかった」なんて話もよく聞きますね。講談は「作り話」が基本ということでしょうか?

ひまわり:「講釈師、見てきたような嘘をつき」とは、昔からよく使われる「決まり文句」です。張り扇で釈台を叩き、調子よくメリハリをつけ、その当時生きていた人の「心」を読んで伝える。なので、まるで本当の出来事のように思わせてしまう面もあります。ただし、浅子さんの講談は、可能な限り、史実に基づくようにしていますので、ご安心ください(笑)

「講談・広岡浅子」ができるまで

──ひまわりさんが、広岡浅子を講談の題材としようと思ったきっかけを教えて下さい。

ひまわり:以前、大同生命の方から「創業者の一人である広岡浅子は凄い女性だった」ということをお聞きし、漠然と興味を持っていました。そして昨年一月、NHKで「あさが来た」の制作が発表された時に、「ああ、あの人か!」と思い出し、ドラマの原案本『小説 土佐堀川』を読み返して、何とか浅子の生き様を講談にできないかと思うようになりました。

──創作ネタは、よく作られるのでしょうか

ひまわり:私の持ちネタは古典が基本です。ただし、「会社の創業から今日に至るまでのストーリーを講談にして、周年記念パーティーで披露したい」、「故郷に昔から伝わる逸話を講談に仕立ててもらえないか」といったお話を頂き、一からネタを作って読ませて頂く場合があります。しかし、こういった創作ネタのほとんどは、特定のイベントで一度読んで終わりです。

ですので、今回の広岡浅子講談のように、様々な場所で何度も読ませて頂くというのは初めての経験です。繰り返し読ませて頂けるので、古典ネタと同様、読むたびに新たな気づきがあり、「次回はこうしてみよう」とどんどん深めていくことができます。そのあたりがとても面白いと感じています。

──今回浅子講談を作られる中で、特に苦労されたのはどのような点ですか

ひまわり:講談は「心を読む芸」であり、親子愛や上下の信頼関係といった、普遍的なテーマを盛込むのが通常です。そのため、「浅子は凄い女性だった」ということを描く一方で、「浅子は決して特別な人ではない」ということも、あわせて知って頂きたいと思いました。それをいかにストーリーの中で表現するかが一番苦労した点かも知れません。

──最初に読まれた時は、どのような反応がありましたか

ひまわり:ただただ必死に読むだけでしたので、会場の反応を感じる余裕はありませんでした(笑) 終了後、お客さまから「今度、うちの集まりでもやってもらえないか」とお声かけ頂いたとき、「ああ、無事に初高座を終えることができたんだ」とホッとしたのを覚えています。

浅子の何事にも決してあきらめない心、未来に何かを残したいという強い想いは、私たちに大きな活力を与えてくれます。それはきっと、多くのお客さまの心にも届くのではないでしょうか。

ママさん講談師として

──話は変わりますが、講談師には女性が多いとお聞きしました。

ひまわり:最近は、女性の落語家もだいぶ増えてきましたが、割合でいうと、女性の講談師の方が圧倒的に多いですね。

──特に古典落語の場合は男性の登場人物が多いので、女性が演じるのが難しい面もあるのでしょうか。

ひまわり:そうかも知れませんね。講談は、物語に注釈を加えながら「読み聞かせる芸」なので、落語ほど「演じること」に重きを置いていません。そのため、女性でも読み聞かせやすいという面はあります。

──なるほど。ひまわりさんは小さなお子さまがいらっしゃるとお聞きしましたが、「ママさん講談師」としてのご苦労も多いのではないでしょうか。

ひまわり:そうですね。働く女性は皆さんも同じだと思いますが、時間の管理は以前より相当シビアになりました。子どもを授かったことがわかって色々と将来について考えているとき、ある方から「点でも良いから講談を続けるように」というアドバイスを頂きました。講談は聞いてくださるお客さまとの間合いが大切。しかし、ブランクが空いてしまうと、元の感覚を取り戻すのに、相当時間がかかってしまいます。なので、産前産後もなるべく高座に上がるようにしていました。

──ちなみに産休の期間はどれぐらいですか?

ひまわり:出産の二〇日ぐらい前まで寄席に出て、出産後二ヵ月以内にふたたび高座に上がりました(笑)

──すごい! 浅子に負けないバイタリティですね。

ひまわり:夫や実家の母の理解と協力があったからこそ実践できたと思います。

──その他心境の変化等はありますか。

ひまわり:以前は、自宅を出る際に着替えを済ませた段階で、すでに「講談師」になっていましたが、いまは仕事場に向かう途中に、徐々に「母親から講談師へのモードチェンジ」をできるようになりました。

浅子の想いを後世に

──連続テレビ小説「あさが来た」の放送が開始して四ヵ月が経過しました。

ひまわり:今回、講談のストーリーを作成するにあたって、あらためて浅子さんのことを調べました。知れば知るほど感じるのですが、彼女のような女傑、気鋭の女性実業家がこれまで注目されなかったことが不思議でなりません。きっとこれから浅子さんは、社会で活躍する女性たちのカリスマ、シンボルになっていくのではないでしょうか。

──「あさが来た」のファンをはじめ、日本全国で浅子の人気が高まっていますね。

ひまわり:いま「古典」と言われている演目も、かつては「新作」でした。「講談」という長く続いてきた伝統芸能に「広岡浅子物語」を取り入れることで、彼女の想い、「心」が後世にも永く伝わってほしいと思います。

──この機会に、私たちも「講談」という伝統芸能に対する理解を深めたいと考えています。

ひまわり:ありがとうございます。講談師としての道を歩んできた者として、非常にうれしいお言葉です。頑張って浅子さんの「心」を伝えてまいります!

──最後にひとことお願いします。

ひまわり:講談は「心を読む芸」と言われています。親が子を、子が親を想う気持ち、夫婦や友人同士の絆、上司・部下の信頼関係などは、今も昔も変わりません。ぜひ、この機会に「人の心」を生き生きと描く伝統芸に触れて頂きたいと思います。

──本日はありがとうございました。

誠に申し訳ありませんが、講談“広岡浅子「九転十起の女」”を、一般の寄席等でお聞きいただくことはできません。

一定の人数(目安・一五名以上)が集まるイベント等で、個別にひまわりさんの講談会開催が可能ですので、ご興味がおありの方は、ご希望の「日時」「場所」「参加人数」を記載のうえ、大同生命広報部までメールでお寄せください(koudan@daido-life.co.jp)。