新発見! 浅子の和歌草稿(その一)
大同生命大阪本社メモリアルホール(大阪市西区)で開催されている特別展示「大同生命の源流“加島屋と広岡浅子”」。二〇一五(平成二七)年七月のリニューアルオープン以降、のべ九万人を超える方が来場されるなど、大変ご好評いただいております。
さて、二〇一七年四月より、当展示の内容を一部追加しましたので、ここで二回にわたってご紹介します。
新たな加島屋資料の発見
当社が創業一一〇周年を機に、大阪本社メモリアルホールにて当社の礎を築いた大坂の豪商・加島屋の展示を開始したのが二〇一二年のことでした。その頃、加島屋研究の基本資料となったのが、当社が所蔵していた「大同生命文書」(現在は大阪大学経済経営史研究室に寄託)であり、それ以外の資料は散逸もしくは処分されたと考えられてきました。
しかし連続テレビ小説「あさが来た」(NHK)の大ヒットにより、ドラマのヒロインのモデルとなった広岡浅子、そして浅子が嫁いだ加島屋が注目されるようになった二〇一五年以降、関係者を通じて加島屋や浅子に関する資料が新たに発見されたのです。
加島屋久右衛門家文書
その一つは、二〇一五年五月に奈良県橿原市内の旧家から見つかった「加島屋久右衛門家文書」です。当サイトでも発見直後、同文書の分析・整理を進めておられる高槻泰郎・神戸大学経済経営研究所准教授にコラムを寄稿いただきました。
おそらく同文書は、「大同生命文書」と対をなすものであり、かつ、それよりもよりバラエティに富んだ内容が、今後の加島屋研究、そして江戸時代の経済史研究に極めて重大な意義を持つものとして期待されています。
加島屋五兵衛家資料
そして広岡浅子の関係者のご自宅にも、浅子ならびに彼女が嫁いだ加島屋五兵衛家ゆかりの品が残されていることがわかりました。以前コラムでご紹介した広岡家の正月用の祝膳や、信五郎の謡の免状が、それにあたります。
加島屋五兵衛家とは、加島屋六代目当主・広岡久右衛門正誠の実弟・正義(正謙、謙西)が一七九四(寛政六)年四月に分家として興した両替商です。この分家は五代目当主・久右衛門正房の判断と伝えられており、それ以降加島屋では久右衛門家を「本宅」、隣に立つ五兵衛家を「新宅」と呼び、いわば「加島屋グループの中核企業」として、両家はともに江戸時代の大坂経済を牽引しました。
今回資料を調査したところ、これらは、初代当主・広岡五兵衛正義から、広岡信五郎と妻・浅子、その娘婿として五兵衛家を継ぐとともに加島銀行頭取や大同生命社長を務めた広岡恵三と妻・亀子らのゆかりの品々で、明治から大正、昭和にかけて実際に使っていたと思われる食器や雑貨などの生活用品や写真資料が中心となっています。
資料が近代日本における豪商の暮らしぶりを伝える大きな価値を持つことや、近年広岡浅子が脚光を浴び、彼女の関係するものが人々の強い関心を呼んでいることを踏まえ、所蔵者の方がこれらの貴重な資料を大阪市立住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」(大阪市北区)、神戸大学経済経営研究所(神戸市灘区)、そして大同生命のそれぞれに寄託・寄贈することをお申し出されました。今後、三者による調査を経て成果の一部を公開していくことで、より多くの方に浅子の横顔、そして江戸時代から続いた商家の実像などが知られることになるでしょう。
発見! 浅子の和歌草稿
さて、この「加島屋五兵衛家資料」の一つが、この「叢詠」と題された和歌の草稿集です。「春」「夏」「秋」「冬」に「雑」「恋」を加えた六冊の草稿が確認されています。著者の記載はありませんが、内容を詳しく調べたところ、広岡浅子本人のものと判明しました。
浅子が贈った和歌
今回発見された草稿が、浅子のものであることを示す手がかりは、大きく二つあります。一つは浅子が残した短歌が、この草稿の中にも記されていることです。
以前のコラムで、浅子が和歌を嗜んでいて自作の短歌を短冊に記し、親しい知人や関係者に贈っていたことをご紹介しました。
このコラムでもご紹介した三井文庫所蔵の「海邉霞」と題された和歌が、この草稿にも記されており、筆跡も浅子のものに非常に似通っています。
海邉霞
貝拾ふ あまの少女か 袖かけて
かすみわたれる 春の夕なき
浅子
この他、日本女子大学成瀬記念館(東京都文京区)が所蔵する浅子の和歌短冊や色紙のうち、次の五首がこの草稿の中にありました。
歳暮
何ごともなさでことしもおこたりの
かずをかぞふる日とは成にき
述懐
月に日に新らしきものを見きゝして
すゝみ行く世に生る楽しさ
落花随風
ちる花は風にまかせてけふよりも
後のはるこそのどけかるらめ
梅薫夜風
文まなぶ宿のひまもる小夜風に
かをるも床し軒の梅か香
桜楓会のはたらきをめでてよめる
散りやすき桜もみぢの名にも似ず
とはの命の友どちのやど
また、浅子が『赤毛のアン』翻訳で知られる児童文学者・村岡花子に贈ったポートレートに書きつけた和歌「友祈祷」も、その原型と思しきものが記されています。
「友祈祷」
相思う 清き心を とことはに
かみにいのりて 深さくらへん
浅子
祈友
相思う 赤き心の深さをば
ともに比べん 神の御前に
意外な発見
さらに、私たちがよく目にする「椅子に座って本を読んでいる浅子」の写真をご覧下さい。
彼女が手にする本を拡大してみると、今回発見された草稿六冊のうち「叢詠」の「冬」であることがわかります。
以上の点から、今回発見された和歌草稿は浅子が書いたもので、かつ日頃から彼女の手元にあったものと考えられるのです。
さて、今回発見された六冊のうち、「春」「夏」「秋」「冬」にはそれぞれの季節にちなんだ歌が、「雑」には動物や訪れた場所、日本女子大学校やキリスト教について詠んだものが記されています。そして、「恋」は文字どおり「恋愛」をテーマにしたもので、合計で二六首が記されています。
次回のコラムでは、日本女子大学文学部日本文学科のご協力をいただいて「恋」に記されている和歌の一部をご紹介します。どうぞご期待ください。